今回、インタビューさせていただいたのは漆芸作家の松崎森平先生。螺鈿や蒔絵といった技法を使い、日々制作をされています。近年は、蒔絵を使った絵画にも挑戦され、画家としても活動されています。それだけでなく、日本文化財漆協会岩手県植栽地担当理事として、漆の木の植栽活動も行っています。今回は日本伝統工芸展に出品された作品についてお話を伺いました。
(日本伝統工芸展とは、工芸分野で最大級の展覧会です。全国10箇所で開催され、陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7分野の作品が展示されます。この展覧会を開催する「日本工芸会」には、重要無形文化財保持者(人間国宝)を中心に、全国各地の1200人もの作家や職人が集まっています。工芸の技術を高め、さらに発展させていくために活動し、その一環で公募展を行っています。)
螺鈿蒔絵盛器「琉」について
―「琉」の制作意図を教えてください。
沖縄に来て見たものと、見て感じたことと、沖縄の素材を使って作りたかった。
イメージは、名護市の本部半島にある安和岳や嘉津宇岳などの山々から見える森と海だ。それがとても良くて、見た感覚や色彩の印象を作品にしたいと思った。それで青や緑、エメラルドグリーンの貝を使った。
―作品名について、どんな思いが込められているのでしょうか。
琉球の「琉は」流れるという漢字に似ている。だから、流れるラインのようなデザインにした。そして、琉には宝物という意味もある。そんなイメージを持ちながら作った。
―「琉」に使われている技法や材料について教えてください。
「琉」には夜光貝を使って、琉球螺鈿という方法を用いている。沖縄の公設市場で買った夜光貝を海辺で叩いた。煮て、叩いてを果てしなく繰り返していくと、真珠層が解れていく。そうすると、石灰層が取れて、綺麗な面が出てくる。そこをナイフで真珠層をへぎ取っていく。
そうして取り出した貝を、刃物で綺麗に円に切るんじゃなくて、少しずつ割っていて丸くしていく。それに、偶然割れて細かくなってしまったものを混ぜて、作品に使っている。綺麗な円に切ることはできるけど、この層になっている様子がおもしろいし、自然にできた形を生かしたかった。馬鹿みたいに時間がかかったけど、楽しかった。制作自体は2ヶ月くらいで、自分の中では短めだった。
―そもそも琉球螺鈿に興味を持たれたきっかけは?
もともと東京で作品を作ってた時は、白蝶貝と鮑貝を主に使っていた。購入したものに着色したり、蒔絵と組み合わせたり。螺鈿の技術を調べていると、日本各地に螺鈿が発達している場所はあるが、大きな違いはない。しかし、沖縄には夜光貝を使った独自の技術があることを知った。研究するうちに、螺鈿の文化がある場所で、研究制作をしたくなり、沖縄にきた。
せっかく沖縄にいるので、夜光貝について歴史的なことや、生物学的にどんな生き物なのかも知りたい。いつか海に潜って、普通は魚を見たいんだろうけど、僕は夜光貝が動いているところを見てみたい。どんどんマニアックな方向に進んでいる。(笑)
制作について
―普段の制作で心掛けていることはなんでしょうか。
ベースにあるのは、「人が使う」ということが工芸であること。今、工芸が意味するものは幅広くて、工芸的な技術を使ったファインアートもあるし、超絶技巧もそう。その枠の広さも工芸の良さではあるけど、僕にとって工芸は、用途性があることだと思っている。それに向かって仕事をすることが好き。
そして、丁寧にすること。作っていくこと自体が優しさというか、そういうものでありたいと思ってる。
日常使いしてもらうもの、ハレの日に使ってもらうもの、時には装飾しすぎて使いづらいものなんかも作るときはあるけど、どんな作品でも時間をかけて、自信を持って、ここまでやってますよと言えるようにしていたい。忙しかったり、仕事の数が多くなってくるとつい手を抜きたくなったり、コストを下げたくなる。でも最低ラインは高いところで保持したい。
―先生の仰る「優しさ」ってどんなものでしょうか。
優しさって例えば、もうちょっと研げば良くなりそう、でもしんどいなって時に、誰かが喜んでくれるなら頑張ろうって思うこと。下地とかベースの仕事は見えないものだけど、表面に出てくると思ってやっている。
もともと自分は、誰かのために仕事をしたいと思っている。自分が表現したいこと、工芸として自分がやるべきだと思うこと、そして受け取ってくれる人の三角関係のバランスがちょうどいいところ。そんなところがあるんじゃないかなと思って。
編集後記
日本伝統工芸展に出品される理由を伺った時、松崎先生は「開催要項の文章がカッコいいから」と仰いました。
そこには、「伝統工芸とは何か」という問いに対する1つの答えが書かれていました。
今回のインタビューでは、先生が長年考えて出された、今現在の答えを伺うことができました。そして、私が見えていないものがたくさんあるのだと、漠然と感じました。
先人たちから受け継いだ技術は、私たちが残そうとしなければ簡単に途切れてしまいます。現に今、たくさんの工房で後継者不足が深刻な問題となっています。
後世にバトンを繋ぐために何かできることはあるのか、とらくらで何ができるのか、考えていこうと思います。
最後に、開催要項を引用して終わりたいと思います。ここまで読んで頂きありがとうございました。
我が国には、世界に卓越する工芸の伝統がある。伝統は、生きて流れているもので、永遠に変わらない本質を持ちながら、一瞬もとどまることのないのが本来の姿である。
伝統工芸は、単に古いものを模倣し、従来の技法を墨守することではない。伝統こそ工芸の基礎となるもので、これをしっかりと把握し、父祖から受け継いだ優れた技術を一層錬磨するとともに、今日の生活に即した新しいものを築き上げることが、我々に課せられた責務であると信ずる。
日本伝統工芸展開催要項 (令和3年度) 趣旨より抜粋https://www.nihonkogeikai.or.jp/data/exhibition/pdf/533/offer/EXHIBITION-1.pdf