2023夏【和紙ギャラリー】「紙は神に通ず」~ 鹿児島県

九州

とらくら合宿/ 鹿児島班/取材レポート

はじめに

 鹿児島県姶良市蒲生町にある和紙ギャラリー。伝統工芸である蒲生和紙を用いた紙布織りや創作和紙などの展示販売を主に行っている。私たちを笑顔で迎えてくださった野田寿子さんにお話を伺った。

蒲生和紙

 野田さんが使用している蒲生和紙について少し。

 始まりは300年前。薩摩藩が武士の副業として和紙漉きを殖産政策として奨励した。蒲生は豊かな水や原料に恵まれていたため次第に地産化していった。全盛期には300人の手漉き和紙師がいたそうだが、現在はただ一人を残すのみとなっている。

 和紙の三大原材料が楮、三椏、雁皮とも言われる中、蒲生和紙は素材に楮の仲間のカジノキを使用する。カジノキの繊維は長く絡みやすいため、薄くて破れにくい和紙になるそうだ。

   

 野田さんは紙布の横糸に蒲生和紙を使用する。紙布は紙から作られた紙糸を織り込んだ生地のこと。和紙を細く切り、やさしく揉む。その後、指で縒り合わせ、糸車にかけることで紙糸ができる。紙糸には、紙布に向いている和紙とそうでない和紙があるそうだ。蒲生和紙は後者であり、紙がちぎれてしまうなどして、野田さんも初めはなかなか蒲生和紙を紙糸にすることができなかったという。それでも野田さんは、蒲生和紙を使いたい、という想いから、蒲生和紙での紙布制作にこだわり続けた。その結果、その難しさから縦糸にすることはできなかったが、横糸として蒲生和紙による紙糸を使用し、地域の素材でできた紙布を制作できるようになった。

 下の写真は、和紙を等間隔に切った縒る前の状態のものと、それからできた紙糸、紙布である。実際に見せていただいたとき、この紙が、この糸・布に…!?と驚くばかりであった。蒲生和紙からできた紙布は、強さ、重厚感がありながらもどこか優しく、柔らかい印象を受けた。

 

和紙ギャラリー

 和紙ギャラリーには、野田さんが蒲生和紙を使用して作った紙布や野田さんのご主人が作る創作和紙、さらにはアクセサリーやうちわ、あかり、タペストリーなどが並んでいる。また、ワークショップも開設しており、私たちが訪問した際にも一組の親子が手織りコースター作りを楽しんでいた。それだけでなく、和紙ギャラリーでは、野田さんが作る、地元の野菜をふんだんに使ったごはんを和紙に囲まれながら楽しむことができる。

   

 野田さん夫婦は40年ほど前に鹿児島県に移住し、蒲生の地で移住者として、和紙ギャラリーをオープンさせた。野田さん夫婦はもともと和紙を使う2人であった。野田さんは紙布織りを、ご主人は木版画や墨絵を創作していた。移住前は東京や京都で仕入れた和紙を使用していたが、移住後は、地域の素材で制作したいという想いから、蒲生和紙を使うようになったという。

 「蒲生和紙を継いでくれる人がでますように」という想いから和紙ギャラリーを始めたという。野田さん夫婦が蒲生和紙を作っているというわけではない。ご主人は和紙を作っていたが、それは伝統的なものではなく、独自のものであった。伝統的な蒲生和紙を継いでいくには年齢的なハードルがあったし、何より、野田さん夫婦は和紙を使って作品を作っていきたいと思っていた。

 自分たちが和紙を使い、作品を作ることで、和紙の良さを地域内外の人に伝えたい。和紙の新しい使い方を提案したい。新しい後継者ができるきっかけを作りたい。野田さんはそのように考え、和紙ギャラリーをオープンさせた。

 開設当時、「どうして今更和紙なのか?」という地域の人の反応もあったそうだが、次第に地域の人にも受け入れられ、訪問客も増加していった。それは、野田さんが地域や自然を大切にしていることが、和紙を通じて多くの人に伝わったからであろう。「できるだけ地域のものだけで、自然のものだけで作りたい。」そして、「自分たちも自然の一部であることを伝えたい。」そう語る野田さんの表情はとても柔らかく温かかった。

伝統に関して

 「作りたいものを作ろうとしたとき、伝統が役立つ。」新たな視点だった。野田さんが伝統的な手法を用いる理由の一つは、それによって自分の目指す創作が可能だからである。創作に凝るためには伝統を学んでいく必要があるし、創作意欲がその伝統への学びを継続させ、結果的に伝統が受け継がれていく。創作活動の、伝統継承の真髄であるような気がした。

 野田さんは「同じものを作っていても伝統は続かない」ため、「今の時代の中で使っていけるもの」を創作している。気軽に身に着けることのできるアクセサリー。家で普段使いできる、柔らかな光を生み出すカーテン。展示販売されていたものに、自分の中に無意識に存在してしまっていた和紙の“昔”のイメージはどこにもなかった。また、そのように創作をするとき、伝統技法をそのまま継承するのではなく、いわゆる「文明の利器」を使うことで「むしろ伝統をつなげやすく」できると語っていた。無理なく伝統を残していく姿勢、“使うことのできる伝統”を維持していく姿勢が、私にはとても新鮮だった。

 

 おわりに

 伝統は守っていかなければいけないもの、残していくべきもの。伝統が先立っているべきだ。ただ漠然とそう思っていた。しかし、野田さんにお話を伺い、伝統は使っていくべきものなのだと気づかされた。作りたいものを作り、使いたいものを使う。時には、使う人が作る人に要望を伝えたり、作る人が使う人に新たな用途を提案したり。そのようなごく普通の生活の中に伝統はある。伝統こそがそのような生で純な営みを成り立たせている。伝統は、私が思っていたよりもずっと身近なものであったのだ。

 「紙は神に通ず」という言葉を最後に紹介したい。野田さんが何度も、丁寧に大切に、口にしていた言葉だ。この言葉は、白い紙が浄化してくれる、という意味で、紙漉き職人さんが昔から大切にしている言葉であり精神文化である。例えば、年末に障子を新しい和紙に張り替え、部屋を浄化することは、そういった日本人の和紙に対する精神である。この言葉は、紙や紙に関わるすべてのものを大切にする、尊い精神を表していると思う。

 和紙ギャラリーの和紙で作られた作品は、ただ工芸品というモノとしてあるのではなく、野田さんの伝統への想い、和紙への想い、地域への想い、自然への想いが詰まったものであった。和紙と和紙に関わるすべてのものを大切にする野田さんの精神を体現したような、優しい工芸品であった。

 ただ伝統や技術を継承するだけではなく、尊い精神文化を多くの人に伝えたい。未来に残していきたい。取材を通してそのように思った。

野田寿子さん、和紙ギャラリーの皆様、この度は大変貴重なお話をありがとうございました!

 とらくら生と野田寿子さん/集合写真

「Z世代がときめく!工芸品大賞2023」トロフィー寄贈

学生団体「伝統工芸とらくら」は昨年、「Z世代がときめく!工芸品大賞2023アワード」を実施し、学生一人一人が最も魅力的だと感じた全国15ヶ所の工房に、特別セレクションとしてトロフィーを寄贈いたしました。若い世代も工芸業界を盛り上げるために何かできないかと、日々奮闘しております。

お渡ししたとらくらトロフィー

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

和紙ギャラリー:http://washi-gallery.sakura.ne.jp/#info 
執筆者:まな(とらくら5期生)

伝統工芸学生アンバサダーとらくらは「伝統工芸を未来と世界に」をビジョンに活動する学生団体です!

佐伯 葉奈

佐伯 葉奈

アイヌ・アートの魅力にどっぷりはまり中。都内在住の大学です!

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