とらくら合宿2023 鹿児島班・取材レポート
こんにちは!とらくら第4期生中村です。2023年8月に私たち「とらくら」は鹿児島県にある伝統工芸品を巡る旅に出ました。今回の記事は、鹿児島県いちき串木野市にある亀﨑染工さんでの取材をもとに作成しました。
亀﨑染工の歴史
さっそく、亀﨑染工の歴史についてお話したいと思います。亀﨑染工は、明治二年創業以来、大漁旗をはじめ、5月の武者のぼりや、暖簾、幕、旗といった染め物の製品を作り続けてきた伝統のある染め物屋さんです。はじめは熊本県にて創業したそうですが、人のご縁の結果、現在の鹿児島県串木野に移転し、116年の時を経た現在もその土地に根を下ろしています。こちらの印染を施した大漁旗や5月のぼりの二品目は鹿児島県指定の伝統的工芸品にも選ばれています。
天井に吊られている大漁旗/1人で持ち上げているそう
印染とは?
亀﨑染工の製品で用いられている特徴的な伝統的技法として、「印染(しるしぞめ)」という技術があります。印染とは織物の文字や紋章といった強調させたいシンボルを染め入れるときに使う技法です。印染にはたくさん種類があるそうですが、今回は「筒引き(つつびき)」に焦点を当ててご紹介します!
筒引きとは?
筒引きとは、円錐形の筒の先に口金をはめた筒袋に糊を入れ、下絵に沿って糊を絞り出しながら文字や模様を描く技法です。旗の白い部分が筒引きの技法が用いられている箇所で、柄や文字がくっきり、はっきり見える点が特徴です。この糊が綺麗に置かれているかどうかで、その旗の印象が全く違ったものになるそうです。職人さんは、印染の特徴である「くっきり、はっきり、綺麗に」といった特徴を守るために、室内の湿度や空気を敏感に感じ取りながら作業をされています。
染め物屋や染師の中でもこの技法を使いこなせる職人さんはどんどん減少しているようです。九州でも数人しかおらず、社長さんのご年齢でも最年少だとおっしゃっていました。また、職人が減少しているだけではなく、筒の口金を作る職人さんはさらに速いスピードで減少しています。そのため、亀﨑染工では、すでに店を閉めた染め物屋から口金を譲り受けたり、ケーキ屋の絞り器を使ってみたりと試行錯誤をしながら、伝統技法を守っています。
印染の特徴である「くっきり、はっきり、綺麗に」/「筒引き」技法が用いられている
一つの旗が出来上がるまでに要する期間は大体2-3日
私たちが工房へお邪魔した際には、ちょうど大漁旗が染められていました。色鮮やかで、迫力のある大漁旗。いったいどれだけの時間がかけられているのでしょうか?
驚いたことに、大体2、3日で完成させるそうです。1日で下絵を完成させ、次の日の朝から糊を引きます。昼頃に太陽の陽の下で乾かし、昼過ぎには乾くそうなので、その日のうちに染め終わることもあるそうです。しかしここで問題が。実は、完成速度は天候との勝負になるため、湿気の多い日や雨天などによってはその日のうちに出来上がらないこともあるそうです。
また、染める材料にも工夫があります。大漁旗などの雨風や日光にさらされるものに色をつける際は、耐久性に優れる顔料を用います。一方で、人の肌に触れる手拭いや法被は、肌に馴染みやすい染料を用いて染めるようです。顔料と染料の違いすら知らなかった私は、製品に合わせて染め方を変えるという視点が非常に勉強になりました。
大漁旗のデザインはどうやって決めている?
本当に多種多様な大漁旗を作られている亀﨑染工ですが、これらのデザイン案はいったいどなたが担当されているのでしょうか。
実はこちらの工房では、デザインを決める担当は決まっておらず、代々何十年にもわたって受け継がれてきた柄を用いています。大漁旗には用途に合わせて決まった柄や、柄によってはランクもあるそうで、基本的にそのデザインの中からお客様に選んでもらうそうです。 しかし、お客様の要望に合わせて、色を変えたり、文字を変えたり、また全く新しいデザインを増やしたりと常に伝統と新しさを兼ね合わせたものづくりをされています。代々何十年にもわたって受け継がれてきた柄↑
また、取材に行った際に、宙につりながら大漁旗を染めていた点が印象的です。一見、色を入れるたびに旗が揺れ動きそうで、やりにくく見えますが、なぜそのような形態をとっているのでしょうか。
宙につって作業する理由は、旗を裏返して反対からも染めやすくするためでした。亀﨑染工の工房では、綿100%の生地を用いることが多いそうです。そのため、片側から色をつけると裏側に毛羽が立ってしまうことから、裏からも色を入れることで、毛羽がたたないよう工夫されています。どこから見ても綺麗に染めるという職人さんの心意気が垣間見えました。
大漁旗はなんと一人で仕上げている!
大漁旗は非常にサイズが大きいですが、基本的に一人で全て仕上げるそうです。一人で完成できるようになるまでに、どれほどの年月がかかるのでしょうか。
なんと、4月に入ってきた新人の職人さんが、もう取材当時 (8月)には一人でできるとのことでした。この点にはわれわれ学生たちも驚きました。基本的に、今まで取材に行った工房では、「何年目になってから初めてこの工程ができる」といったように、厳しく段階が決まっていることが多かったです。しかし、亀﨑染工では「全部とりあえずやってみる。やっていきながら覚える。」というスタイルをとられていました。
私は個人的にこのスタイルに非常に魅力を感じます。今の若者は、段階を踏んでいくスタイルに共感できる人は少ないのではないでしょうか。もちろんその過程をとっている工房には理由があることは承知の上ですが、やはり現代の考え方とのギャップを感じていました。その後、社長さんに直接この点についてお聞きしました。社長さんは、「若い職人には確かに未熟なところも見受けられる。しかし待ってられない。」とおっしゃっていました。
「待ってられない」とは?
「待ってられない。」とは、人手不足のために、いち早く職人さんを一人前にしたいという意味ではありません。「職人の”若い”感性を世に出せるのは”今”しかない。」という意味での「待ってられない。」というお言葉でした。「今、彼らが作りたいものを作って、それを彼らの同世代に伝えていく必要がある。一人前になるのと、作品を世に出すタイミングは同じ時期でなくてかまわない。一度作ってみることで気づく点も多いため、それを頼りに修正をしながら、伸ばしていく。」というのが、社長さんのやり方でした。また、積極的に若手に商品開発を任せているということも印象的です。社長さん曰く、彼らの色使いやアイデアに社長さんご自身も勉強になることが多々あるそうです。
鮮やかな色使いの大漁旗
社長さんともフラットな関係性
ここからまた職人さんの取材の内容に戻ります。工房を見学していると、私には、みなさんが非常にフラットな関係性を築かれているように感じました。そこで、社長さんとの距離感についてもお聞きしたところ、直属の上司が社長ということで、みな何かあったらすぐ社長さんのところへ相談に行くそうです。
現代の企業体制では、雲の上ほど遠くに社長さんがいるということもありますが、少人数ということもあり、みんなと距離が近い職場だそうです。「染め場が忙しいときは、縫製部が手伝いに行く。みんながなんでもできるから、お互いに協力体制でやっている。」ということでした。上記の通り、商品開発についても、社長さんが職人さんに沢山意見を聞いたり、実際に職人さんに任せたりといった協力体制が整えられているそうです。
製品をめぐる問題点
とはいえ、亀﨑染工にも問題がないわけではありません。それは、5月のぼりや大漁旗の売り上げが年々落ち込んでいるという現状でした。理由は、時代の変化が影響しています。 その昔、5月になると男の子が生まれた家では鯉のぼりが誇りとしてあげられていました。しかし現代はプライバシーの問題から、鯉のぼりを上げる家庭は減り続けています。また、マンションに住む家庭の増加に伴い、そもそも鯉のぼりをあげる敷地がないという家庭も増えています。
大漁旗についても、造船業の衰退、漁業界の衰退が影響し、需要が減っているそうです。他にも、染物業界の機械化やポリエステル製品の増加に伴い、手染めの技法では価格競争に勝てないという問題もあります。これらの事情から、亀﨑染工にも、「このままでは印染の技法がなくなってしまうのではないか。」という危機感が生まれてきました。そこで、亀﨑染工は、お客様に新しい形を提供していく必要があると考え、10年を期に「亀染屋」という小売店をオープンしました。亀染屋では、「伝統」と「革新」を掛け合わせた新しい商品開発に力を入れています。例えば鯉のぼりに関しては、額縁に入れてお家の中で飾ることができる小ぶりの鯉のぼりを作成し、環境の変化に合わせながら、伝統を残しています。伝統的な製品にこだわり続けるのではなく、”今ある技術を無くさないこと”を重視して、環境の変化に対応されている真摯な姿に感銘を受けました。
コロナの影響について。
コロナの影響は「大打撃」だったそうです。大会、お祭りの手拭い、はっぴなどの注文が一気になくなり、夏場の仕事がなくなってしまったことが最大の問題となったようです。小物ブランドも始めていましたが、イベントも全て中止となったため、売り出しに行くことも、お店にきてもらうこともできず、厳しい時期が続きました。コロナ後の今でも影響は残っています。注文先で、コロナ前後での引き継ぎがうまく行っていないところがあり、同業者の中では注文先の取り合い状態になっている面もあるそうです。
しかし、コロナ後に変化も。
一方で、コロナ後の変化もありました。一つは、客層の変化でした。亀﨑染工では、インスタグラムでの発信に力をいれていたこともあり、それらの投稿を見てお店に来られる方が増え、特に若い方がよく来られるようになったとのことでした。また、小売のお客様が増えたことの他に、学生、海外の留学生が工房に体験に来たりすることもあるそうです。私たち「とらくら」もインスタグラムの投稿をみて、大漁旗の鮮やかさ、小物商品の可愛さに魅せられてやってきたもののひとりです。現在、コロナの期間に旅を我慢していた層が一気に世界中へ足を伸ばしています。そんな中、コロナ禍の厳しい時期にも地道に魅力を発信を続けてきた亀﨑染工が旅人の目に留まり、その魅力から旅先に選ばれているのだと感じました。
店舗を見学するとらくら生
地域を歩けば、自分たちの製品が。
亀﨑染工は、全国各地に顧客がいますが、主な受注先は鹿児島県内ということでした。具体的には、亀崎染工の暖簾が地域のお店の顔の役割を果たしており、歩いていると自分たちが製作した商品が見つかるそうです。亀﨑染工と地域との深い繋がりを感じました。一方で、県外からも注文が寄せられる背景には、製品の高い品質と柔軟な対応があります。これが、亀﨑染工の製品が地域でも、そして県を越えても広く愛される秘訣となっています。
最後に
ここからは、亀﨑染工での取材を受けて、私の感想を述べたいと思います。私は、伝統工芸産業の人手不足の原因の一つとして、古い職場環境があるのではないかと考えています。そこで、やる気があり、若いうちから様々なことに挑戦したいという職人さんに、その環境を整えている亀﨑染工に非常に魅力を感じました。工房を訪れた際、若い、しかも女性が多く、活気があることが最大の驚きでした。まるで、工芸の世界の新しい可能性を見たような気がしました。また、社長さんとの取材の中で「今入っている若い職人さんは、皆しっかりとした”思い”を持って入ってくる」という言葉がありました。「思いを持って入ってくる職人は吸収が早く、成長も早い。」とおっしゃっていましたが、私には社長さんと職人さんには信頼関係が築かれているように感じました。つまり、社長さんは、思いを持って入ってきている職人さんの吸収力を見込んで、若いうちからあらゆることに挑戦できる環境を整えており、職人さんは、その信頼を裏切らず、若い感性を生かしながら短期間で吸収していく。お互いの信頼で成り立っている好循環がこの工房には感じられました。
他方で現状は厳しいと感じます。大漁旗、5月のぼりが年々売れなくなっているという問題は、亀﨑染工の今後、さらには印染という技法の未来を左右する大きな課題です。この課題について、社長さんがどういった思いで現在制作をされているのか。工房での取材を終えて、「今後の亀﨑染工が目指すもの」についてお聞きしました。(その記事はこちらから!!→
「Z世代がときめく!工芸品大賞2023」トロフィー寄贈
学生団体「伝統工芸とらくら」は昨年、「Z世代がときめく!工芸品大賞2023アワード」を実施し、学生一人一人が最も魅力的だと感じた全国15ヶ所の工房に、特別セレクションとしてトロフィーを寄贈いたしました。若い世代も工芸業界を盛り上げるために何かできないかと、日々奮闘しております。
- 写真下1枚目:取材させて頂きました五代目の亀崎昌大さん。
- 写真2枚目:寄贈したトロフィー)
亀﨑染工:https://www.kamesome.co.jp
執筆者:中村ひかる(とらくら3期生)