今回ご紹介したい1冊は四柳嘉章さんの「漆の文化史」です。
漆器考古学で見る漆の歴史
漆器考古学とは、遺跡の発掘調査で出土した漆器を検査して、材料や制作方法などの情報を引き出し、考古学的方法で解釈する学問で、著者の四柳先生が提唱されたものです。先生が調査される以前の漆器に関しては、基本的な事実関係の証明すら十分に行われてこなかった現状がありました。そこで、漆かどうかを化学的に決定するため、微量サンプルに赤外線を照射して物質を同定する赤外分光分析を行なったり、そのほかにも1ミリにも満たない漆の塗膜を塗膜偏光顕微鏡や金属顕微鏡でミクロの世界の分析などをして、新しい学問を確立されました。漆器の品質は塗装工程や下地材料の解明によってほぼ決まります。また、品質の解明により、所有者の階層の推測や、遺跡の性格や流通の問題に迫ることもできます。
漆は数千年を経ても劣化が少ないという特徴があります。そのため、縄文時代に作られた漆器が現在も残っており、古いものだと9000年前のものが出土しています。その漆器を分析してみると、縄文時代に既に今日とほとんど変わらない工程と造形技術が存在したことが分かったそうです。具体的には、精製漆、下地、刻苧(コクソ)、焼き付け漆、螺鈿装飾の技法が確認されています。
漆器の流行り、廃り
漆は木、樹皮、竹、皮革、土器、ガラス、何にでも塗ることができることができるため、塗料や接着剤として使われれることが多くあります。そんな汎用性の高さからか、漆器にも流行り廃りがあったようで、朱漆が栄えたり、柿渋下地のものが多く流通したり、はたまた輪島地の粉が使われた丈夫な漆器が流行った時代もあったそうです。一方で、現在には残っていない技法や材料が使われた漆器も発掘されており、現代に残る漆芸技術はどのようにして生き残ってきたのかが分かります。
最後に
縄文時代の赤色漆で塗られた装身具や特定の壺は呪術的な意味を持つものが多くあります。漆は触れるとかぶれ、人によっては木の下を通っただけで痒くなる時もあります。そうした漆のカブレ現象そのものが畏怖の対象であり、神の力と考えられたために、それが転じて邪悪を払うために、呪具を飾るようになったのではないかと筆者は考えているそうです。
この本では、縄文時代から近世までの漆芸についてまとめられています。昔の人たちが漆とどう関わってきたのか、漆芸がどのように伝統を繋いできたのか感じられる1冊でした。漆芸に興味のある方はぜひ読んでみてください。