2023夏【岩切美巧堂】熱き職人魂とともに発展し続ける薩摩錫器

九州
とらくら合宿2023 鹿児島班・取材レポート
岩切美巧堂にて、販売現場の見学の様子

鹿児島県指定の伝統工芸品である薩摩錫器。職人がひとつずつ手仕上げするやわらかな手触り、光沢のあるフォルムが特徴です。原料の錫は割れない、さびないことから縁起のいい金属で、記念品や贈答品として多くの人に愛用されています。そんな薩摩錫器を製作、販売している(有)岩切美巧堂 を訪問しました!

岩切美巧堂は、大正6年(1916年)創業で、100年以上の歴史を誇ります。今回は、現社長の岩切薫さんに工房を案内していただきながらお話を伺いました。

原料は東南アジアからの輸入

薩摩錫器。錫の純度が非常に高い

 前述したように主な原料は錫です。江戸時代、鹿児島市の谷山地区で錫が産出され薩摩藩の大きな財源になったとされ、そこから薩摩錫器も誕生しました。その後、錫は日本でほとんど産出されなくなり、昭和40年頃からは輸入するようになりました。

現在は、主に東南アジア(インドネシア、タイ、シンガポール、マレーシア)からの輸入に頼っています。錫は中国やオーストラリアなど世界各地で産出されていますが、採掘量の多い東南アジアの錫は純度が高く、不純物がないため仕事がしやすく、できあがったものもいいものができるようです。

匠の技ここにあり

蓋付きの高い密封性

 薩摩錫器の最大の特徴は、高い密閉性です。茶つぼの中ぶたを少し持ちあげて手を放すと、中ぶたはゆっくりと滑るように自然と落ちていきます。この高い密閉性は日本の職人ならではの巧みな技法です。私自身も実際にみて感動しました。

日本人はこだわりが強く、器用な人が多い。海外の場合はふたができればよいという考え方。文化の違いだ。」と岩切さんは語ります。蓋が自分の重さでゆっくりしまるように削るには経験と勘しかなく、茶壷を削れて一人前のようです。その技術の高さに、1878年に大久保利通が暗殺されて100年後、屋敷で錫の茶壷が見つかったが、中にはいっていた茶葉の香りは全く損なわれていなかったという逸話があるほどです。

職人魂がつまる作業場

職人魂がつまる作業

次に作業風景も見学しました。作業場は想像以上に小さくこじんまりとした空間になっています。最短でも13の作業工程があり、分業制にして効率アップにつなげています。

工程を簡単にまとめると、鍋に溶かした原料を鋳型に流し込んで基本の形をつくり、それをロクロにかけてカンナで表面を削って仕上げます。見学時にはちょうど削っている職人の姿がありました。錫は展性・延性が非常に高く適度な重さがあり非常に加工しやすいですが、鉄やアルミのように強い力を加えて一気に削ることはできません。一気にすると手もしくは機械が負けてしまうといいます。「重さにバラツキがないように削ることが難しい。ちょっとずつ丁寧に削っていく。楽していいことはない。」と岩切さん。その妥協を許さない職人魂が、時代を超えて価値が認められるものを生み出す秘訣なのかもしれません。

継承し発展させていくために

 これだけ高い技術と伝統を誇る薩摩錫器。しかし、昔は鹿児島県内に数十軒あった工房は、現在は2軒のみです。後継者問題が大きいといいます他の伝統工芸と同じように取り巻く環境は厳しいです。継承していくことについて岩切さんは、「後継は受け継ぐ人たち自身がやりたいかやりたくないか、もしくは親が継ぐにあたってやらせないか、このどちらかだ」と話します。

岩切美巧堂では、伝統の技を受け継ぎつつも、新しい風、新しい血も取り入れるようにしており、若手職人がもつ感性やこれまでなかった新しい視点も大切にしています。

体験をするとらくら生

「時代の流れによって生活様式が変化すると、いるものといらないものも変わってくる。時代の流れにあわせて、売るものを変えていく。だけれども、残しておけるものは残していき、その中で新しいものもうまれてくる。」と岩切さん。伝統工芸品を残していくには、単に受け継ぐだけでなく、現代のライフスタイルにあわせて進化し続けることが必要不可欠といえそうです。

使ってみてほしい

 お客様は国内はもちろん、コロナ前は海外からのお客様も多かったといいます。ならば、こちらから海外向けに輸出して販売したらどうかと質問すると、岩切さんは「海外への売り出しは行っていないし、今後も行うつもりはない。」と話します。海外への売り出しを提案されることは多いといいますが、なぜしないのでしょうか。

職人による絵付けの様子

理由は売りっぱなしにしたくないからだそうです。その理由として、商品がきちんとお客様のところに届いているか不安なことやメンテナンスに対応できないことが大きいようです。とはいえ、国内だけでも薩摩錫器には認知度やシェア拡大の余地はまだ十分にあります。

鹿児島の工芸といえば…

鹿児島の工芸というと薩摩切子や薩摩焼を思い浮かべますが、薩摩錫器は知らないという人も決して少なくありません。こうした状況において若い世代に伝えたいことを尋ねると、岩切さんは「使ってもらうのが一番。鹿児島県内でも知らない方がいらっしゃるので、ぜひ一度使ってみて、魅力を伝えていってもらえれば」と目を輝かせて答えてくれました。

  

工房に併設する薩摩錫器工芸館では、常時500点の作品を展示・販売しているか、錫皿の製作体験も行っています。ぜひ一度足を運び、自分で世界に一つだけの錫皿をつくり、日常に薩摩錫器を取り入れてみるのはいかがでしょうか。

とらくら生を温かく迎え取材を受けてくださいました岩切美巧堂の皆様、誠にありがとうございました!

「Z世代がときめく!工芸品大賞2023」トロフィー寄贈

取材させて頂きました岩切美巧堂の皆さん。右は現社長の岩切薫さんです。

学生団体「伝統工芸とらくら」は昨年、「Z世代がときめく!工芸品大賞2023アワード」を実施し、学生一人一人が最も魅力的だと感じた全国15ヶ所の工房に、特別セレクションとしてトロフィーを寄贈いたしました。若い世代も工芸業界を盛り上げるために何かできないかと、日々奮闘しております。

錫の殿堂 薩摩錫器工芸館 岩切美巧堂 https://www.satsumasuzuki.co.jp

執筆者:米満修平(とらくら3期生)

伝統工芸学生アンバサダーとらくらは「伝統工芸を未来と世界に」をビジョンに活動する学生団体です!

佐伯 葉奈

佐伯 葉奈

アイヌ・アートの魅力にどっぷりはまり中。都内在住の大学です!

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