私たちは 2023 年 9 月に宮島の工芸店、Signal の大前きみこさんのもとを訪ね、お話を伺った。
Signal とは
Signal さんは、2016 年 4 月から宮島の地で店を開きこの4月から 8 年目に突入する。
店主の大前きみこさんはもともと宮島の旅行会社で働いており、その際ほかの地域へ取材をしに行くことがあったそうだ。以前から器などに興味を持っており、様々な場所に取材に行ったことで工芸品を見たり、地元の食材に触れたりすることがより好きになったとおっしゃっていた。そして、その仕事をしている中で、いまお店を構えている場所を使って工芸店をやってみないかという誘いを受け、せっかくの機会なので挑戦してみようという気持ちから Signal をオープンさせた。
店内は数多くの工芸品があり、手仕事のぬくもりを感じられるような場所だ。現在は 200 点くらいの商品を扱っており、宮島のものでは宮島梁子・私たちとらくらでも紹介させていただいた宮島工芸製作所の木工工芸品・郷土玩具などを取り扱っている。大前さんが昔教室に通っていたという縁で置いている商品もあった。
写真引用:https://co-trip.jp/article/645964『広島・宮島にある小さな工芸品の店「シグナル」で、中国地方のクラフトに出会う』
お店に来る方はどのような人が多いか尋ねたところ、新規でふらっと来られる観光客の方と常連さんの割合は半々くらいだとおっしゃっていた。取材中にも常連の方が訪れ、店内を見まわしながら楽しそうに買い物をされているのが印象的だった。工芸品は食材のように常に手元にないと生きていけないものではないのに、職人さんの腕を信じて何度も来られているお客さんがいる。この事実がこのお店の役割・存在意義を示していると感じた瞬間でもあった。
大前さんについて
左から2番目:大前公子さん
大前さんは旅行会社を立ち上げるのをきっかけに、25 年くらい前に宮島にやって来た。当時は、まだインターネットの旅行予約サイトがなかったため、この仕事であれば宮島で仕事ができると思い移り住んだそうだ。
その後店を開くまでの間、旅行会社の仕事でイベントの開催などをしたことがあり、販売を通して工芸を知ってもらうことの面白さは感じていたそうだ。しかし、「軒下を借りるなどして人の出入りに甘えて行うイベントは工芸を知ってもらうきっかけにしかならず、そのあとに続かないため、もやもやした気持ちを抱えていた。それならば身銭を切って自分のお店を開いてみるのもありだと思い、オープンに踏み切った。」とおっしゃっていた。
大前さんは、店を出すにあたって「自分か使ってよいと思ったもの、好きなもの」を置きたいと考えていた。その中で民藝に限っていたわけではないが、民藝と呼ばれるような地方での手仕事によってつくられたものが好きだということに気づいたそうだ。
今は「お客さんに使ってもらう上で自信を持ってお届けできるもの」を基準として商品を選んでおり、使いやすいことも大切だが、直接役には立たなくても眺めていて楽しいものなども豊富にそろえてある。最近あまり行けてないそうだが海外の工芸品も置いてあり間に入ってくれるバイヤーさんから商品を買い、販売しているそうだ。また、店内には出張先で拾った石などの小物もあった。一見商品と関係ないように思えるものでもお客さんとの会話の種になったり、自分の好みを知るうえで重要なものになったりすると教えてくださった。
工芸の魅力と SNS国や地域が違うなど背景が異なる人が同じものを好む場合がある。それはデザインや手触り、質感など言葉ではなくとも伝わる部分に魅力がある。職人さんも仕事を磨いていくことで誰かの手へとつながっていき、本当に磨かれたものは人に放っていかれない。
そして、ただ継げばいいわけではなく今の生活に合わせ試行錯誤して良いものをつくっていく人もいる。ヒットする作家さんは見た目で人を引き付けるものをつくることが多く、古いデザインを継承している場合もあれば、根底は受け継ぎながらも新たなデザインのものもある。今までを踏まえたうえで良い部分は受け継ぎ、時代に沿わない部分はそぎ落としていくという過程を経たうえで使いやすいものが生き残る。いずれにしても実際にものを手に取ってみると、長い時間をかけて作られたものだということがわかるのではないかとおっしゃっていた。
また、今の時代インターネットが発達し使える人と使えない人との情報格差が広がっていくというが、工芸業界でも SNS などでの情報格差があると感じているそうだ。ある投稿や拡散によって一部の作家さんが著しく人気を博すことがあり、人気が出るのは良いことだがその業種全体にとって良い方向に向かわないと意味がない。今の流行だけに左右されず、できるだけフラットにみて、新しいものを開拓する気持ちでいたいとおっしゃっていた。
ものづくりのジレンマ
モノづくりは経済的な面だけで割り切れない部分もあるが、やはりお金が入らないと生きていけないというジレンマがある。例えば、鳥取の弓浜絣では手織りで染めているので、反物にすると普通の方には買えない価格になる。そのため本来の反物ではなく、サイズの小さい製品を作るようになっているそうだ。しかしこれでは手は届くかもしれないが、折れる模様も少なくなってしまう。生き残るために工夫することは大切だが、織物の本当の良さを生かしているといえるのか疑問が残る。そのため、できるだけ小さいものは置かないようにし、布の量が多いものを置くようにしているそうだ。
また和紙についても今は半紙以上のサイズを使う人が少なく、それよりも小さいサイズの方が需要あるとおっしゃっていた。しかし嬉しいことにその中でも、紙自体が好きという方はいて、そのような人にとっては小さくしすぎると使い道が少なくなり扱いにくくなる。そのため、包んだり敷物にできたりする「多用紙」としてある程度大きいサイズを揃えた紙の束をつくって販売している。
どちらの場合も小さくすれば手に取りやすい大きさ、価格になるかもしれないがせっかく商品を置くなら、職人さんと売る側両方にとって少しでもメリットがあるような方法を考えているそうだ。そして、衣食住に関係のない観賞用の商品でもかわいい・かざってみたいという人は一定数いる。このような人たちに届けていく努力はしつこくやる意味があるのではないかとおっしゃっていた。また、お店と展示会、時期によって置くものを変えていくことでより広い層に工芸品を知ってもらおうとしていた。
編集後記
今まで作っている方に取材をすることが多かったが、工芸を販売している方に話を聞き、売ることの難しさを感じた。今世の中には、大量に安く生産された商品が多く出回っており、その中で一つ一つに時間や労力・お金をかけた工芸品というのは、値段だけではじかれてしまうことがある。実際、私たち学生が手を出せないようなものも多い。職人方は慈善事業で商品をつくっているわけではないので売れないと意味がないが、この「価格」というものは商品を買う際の大きな障壁になる。
しかし、ここに付加価値をつけ売っていくと、ものの「価値」を理解して買ってくれる人が増えてくると思う。ここでの付加価値とは、製品ができるまでの過程や職人さんの思いといったストーリーなどだ。そして、これこそが私たちの活動で担える一部だと思った。今私にできることはとらくらや工芸に興味を持った方に職人さんたちの思いを伝えていくことなので、活動を通しストーリーを発信していきたいと思う。
また、お話を聞き衣食住にかかわる商品でも衰退していき、観賞用のものはさらに人々に余裕がないと受け継がれていかないと感じた。大前さん自身も着物を見ると祖母が呉服屋さんを営んでいたこともあり、だんだんと着る人いなくなった現状を目の当たりにし、昔は日常で着る機会があったが今はほとんど着る機会もなくなり時代の流れなのでしょうがないという思いと、和装などを楽しんでいる方を見て何か手立てがあったのではないかという思いがまじりあってしまうそうだ。服であっても時代が移り変われば習慣も変わっていき衰退していってしまう。残し伝えていくことが難しいと思うと同時に時代に合う・合わないに限らず、この工芸の温かさを伝えていき、さらには楽しみ方を提案できるような人になっていきたいという思いが強くなった。
そして、今回お話を伺うだけでなく宮島の裏側を案内していただいたりした。昔からの道を歩きながら宮島の建物の特徴を教えていただき、少し地元の生活に触れられた気がした。
最後に
大前さんのおっしゃっていた言葉で印象的だった言葉をお伝えしたい。
「興味をもってどこかへ行くと授受つなぎでつながっていく」。
少しの好きという気持ちから、一歩踏み出し行動していくとどんどん世界が広げられる。皆さんも工芸に限らず、自分の興味があるものの沼に入ってみてはどうだろうか。飛び込んでみることでまだ見ぬ新しい世界が開けてくるかもしれない。
執筆:とらくら 相田悠花
Signal
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